なぜ100kmウォークを始めたのか?

みなさん、こんにちは。ぐんま100kmウォーク実行委員長の宮本です。

180名を超える参加申し込みをいただき、ありがとうございます。まだまだ、募集していますので、まだの方はお急ぎください。挑戦するもよし、ボランティアするもよし、いずれも深い感動を共有できると想います。

 

今朝は自宅から会社までの10kmを歩いて出勤しました。実行委員は当日運営に当たるため、毎年プレ100kmウォークを4月に行っているのです。

 

さて、私は7年前に「100kmを歩きぬく」ことを自分に課し実行に移しました。当日は36℃の暑い日でした。まさか、こんな大会になるとは夢にも想ってなかったです。笑  下の写真は当日のものです。長袖長ズボンなのは、紫外線による体力消耗を避けるためであり、決して涼しかったわけではありません。

 

2011年7月2日にSさんと二人で始めたのがぐんま100kmウォークの始まりです。

この年は私が草むしりで起業して2年めに入っていました。
そして、あの東日本大震災のあった年でもあります。

連日ニュースで流れる震災のこと。
自然の猛威に為す術もない人間の儚さ。
今ここに生かされていることに対して、改めて感謝と使命感を感じた3.11。
平々凡々と生きている自分が、何か変わらなきゃと感じた出来事でした。

創業してもまだまだ軌道には乗らず、日々悶々と過ごしていたあの頃、何か自分を変えたい、やり遂げたい、自分に対して自信と勇気が欲しかった。

そんな時に九十九里浜から銚子まで100kmを歩く大会があることを知りました。
群馬県では毎年元旦にニューイヤー駅伝が行われています。

ちょうど100kmのコース。

このコースを歩ききったら、何かが変われるかも知れない。

あの頃欲しかったのは、自分に対しての自信と勇気。
未知なるものへの挑戦を決意したのは、自然の流れだったのかもしれません。

ぶっつけ本番の当日朝。
駅伝コースを印刷したコピー用紙を頼りに歩き始めました。

楽勝だった大田市役所56kmまでの前半。

そこから緩やかな上りが始まり、地獄だった桐生市役所までの72km。
暗闇の中をひたすら歩いた桐生競艇周辺。

朝日が昇る時に見えた群馬県庁。

足のマメ、股ズレ、疲労と睡魔で体力の限界を感じた最後の15km。

でも人間の精神力って凄いです。
ゴールした時、疲労感はなく、なんとも言えない満足感、達成感を味わいました。

辛いとき、苦しいとき、ほんのチョットの勇気で前に進めるんですね。

この経験がその後の仕事や人生に活かされたことは言うまでもありません。
この想いをみんなと共有したい、分かち合いたい。せっかくいただいた人生です。

やってみなきゃ分からないことってありますね。

自分の中の常識や限界をぶち壊したい。

100kmウォークはそんな自分への挑戦なんです。

ぐんま100kmウォーク実行委員会 実行委員長
宮本成人

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第12回大会エントリー

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